47歳からの心理学学習帖

週末研究者の研究ノート。キャリアカウンセリングを中心に、心理学、社会学などのトピックを取り上げていきます。過去記事には東京未来大学在籍時の学習ノートをそのまま残しています。

アドラーの語り調の文体

ここ、ずっと、アドラーkindleで読んでいます。で、気づいたのですが、アドラーの文体は語り口調なんですね。

試しに関西弁で訳してみたら、ピッタリきた。関西弁でなくても構わないのですが、より日常的な言葉でアドラーが読めれば、それがアドラーを学ぶのに1番良いと思われる。

共同体感覚も、社会への関心や感覚の共有と文脈に即して訳し分けても全然構わない。

器官劣等性も、身体の具合がよくないとか、劣等や優性にこだわる必要はほとんどありません。


よく外国語の翻訳は、日本語になっていない、とか、難しい漢字ばかりだという話を聞くことがありますが、もともと漢字文化圏のため、概念を表そうとするとほぼ漢字での表現になる。これは悪いことではないのですが、時に、今までなかった新語が作り出されることもあります。


脱構築も、日本語の表現としては、説明されないとよくわからない。その説明を理解するのにも時間がかかる。

こうした、意味の把握に時間がかかる言葉は、30年ほど前、批評、思想が語られる場面でよく見かけました。

言説。

書字。


多くの証言からアドラーは平易な言葉で聴衆に語りかけていた、という点は、もっと重視される必要があると思います。


アドラー心理学の拡がりについて

岩井俊憲さんの著書リストを見ても、アドラー心理学は、臨床カウンセリング、子育て、ビジネス、男女関係と、幅広く応用されうることがわかります。

このアドラー心理学の面の拡がりは、書名にアドラーとついていなくても察知することがあります。


その点で、今気になっているのは、発達障害と組織開発。

発達障害アドラーの器官劣等性、劣等コンプレックスと、組織開発は共同体感覚との結び付きを意識することがかなりあります。

組織開発は、もともと、心理学に興味を持ったきっかけが組織心理学だったので、アドラーを経由して戻ってきたようなものですが、発達障害は今まで触れてこなかったところです。ただ、アドラー心理学から捉えると、発達障害はむしろ、自分自身ともつながっているという思いが強くなってきています。

もちろん、実際に発達障害で苦しまれている方たちが日々感じられている悩みは、私には想像しかできないのですが、支援の手がかりがアドラー心理学にはあるように思われます。

先日も、切符も買えない、バスにも乗れないという話を聞いたばかりなのですが、切符を買う、バスに乗る、それらができるようにする方策がアドラー心理学にはあります。行動療法にもそれはあるのですが、障害を抱えている人へのアプローチは、その人だけではなく、その人を取り巻く人間関係にも働きかけていく必要があり、それをアドラー心理学は示している。


校門に風間杜夫と櫻井翔

東京未来大学が、今、放送中のテレビドラマで使われていると聞き、

確認しました。

確かに、風間杜夫櫻井翔の後ろに、校門が。

そして、図書館への階段が。

 

元は、「3年B組金八先生」の桜中学ですから。

 

 

アドラー心理学の拡がりと可能性

アドラー心理学の日本での展開は、「自己啓発の源流」が大勢を占めているのではありません。80年代の頃から子育てなどの分野を中心に、日本各地でサークル活動が行われて来ています。その頃からアドラー心理学に着目されてこられた方は今でも活躍されています。

一般に広く知られるようになったのは、2010年あたりからなのでしょう。「嫌われた勇気」の岸見氏もアドラーカウンセラーの方なので、ある意味、30年近い日本でのアドラー心理学の活動が一気に拡がりを見せたということなのでしょうか? 本屋に行けばアドラー心理学の本は、今でも結構目に付きます。

 

私がアドラー心理学に興味を持ったのも3年ほど前。ちょうど心理学に興味を持ち始めた頃と重なります。

主体論や認知論、社会統合論など、初めは、哲学かと思いました。幸福論の1つくらいの認識しか持ってませんでした。
その後、大学通信で心理学を学ぶ機会を得てからも、アドラー心理学はまったく出て来ません。臨床心理学の教科書にすらアドラーの名前を見た記憶はありません。
 
それからしばらく経って、キャリアに興味を持ち始めたあたりから、アドラー心理学への興味が実際に湧いてきました。
サビカスのキャリアカウンセリング論を読み、そこにアドラーの名前を見つけたときにギャップを感じたところから色々と読み始めました。
 
まあ、サビカスがあまりにも難解過ぎたということが大きいですね。
 
ナラティブ?社会構成主義? 
…で、アドラー
 
サビカスを理解する手がかりはアドラーにあるのかもしれない。
書店に並ぶアドラーに関する書物を見て、そう直感し、かつてよんだ向後先生の本を再読したり。
そのうち、サビカスよりもアドラーにより興味が移っていきました。
 
アドラーへシンパシーを感じるところはいくつもあるのですが、最初にそう感じたのは、フロイトアドラーの客層の違い。上流階級の相談の多いフロイトに対し、アドラーのお客さんは、サーカス団員をはじめ、下層から中流階級が主だったといいます。そのため、専門用語や難しい言葉は使わず、平易な言葉を使っていたようです。
 
一方、やっとわかりかけてきたかなと思うのは、共同体感覚。
この日本語訳は誤解を招くと考えていますが、英訳では、social interest 。
アドラー心理学のコアな概念です。この感覚の有る無しで、ライフスタイルも、人生の目標もまったく変わってしまうというくらい、重要な概念。これがなかなか理解できなかった。今もはっきりとした自信はありません。ただ、こういうことかなというのはあって、それは知っているだけでは何の意味もない。感情や態度、行動として表現されるもの、言葉では捉えられない、感覚として捉えるものだと思っています。
 
「人生の意味の心理学」など、アドラーの著作を直に読んでいると、非常に厳しいと感じることもあります。自分自身との直面化が起こる。自身との対峙を迫られるんですね。
私にとって典型的なのは、「甘やかされた子ども」。
「家族布置」、「出生順位」も同様なんですが、「甘やかされた子ども」の記述は、どれも自分との対峙を迫られます。ここで、こういう風に書くのはどうかと感じるのですが、正直、自分の生育歴を振り返ると、自分は「甘やかされた子ども」だったと思わざるを得ない。アドラーによれば5歳くらいに人のライフスタイルは出来上がるのですが、確かに学童期、思春期、青年期に、自分の行動や趣味嗜好、人間関係の取り方、思考など、一貫している身の処し方があると感じるのです。これ以上具体的に書くのはやめますが、その一貫した態度の存在に気づき、そこに先述の共同体感覚が欠如していることに愕然となりました。そのことによって、日常的に表立って何かが変わったことはなく、また、愕然としたとはいえ、絶望したというわけではありません。感情の起伏が変わったり、動揺しているわけでもありません。「甘やかされた子ども」としての自分を受け入れたということにすぎません。ただ、自分の一面を受け入れることによって、精神的に今までになく落ち着いています。サイコセラピーに近い効果があるという実感。
 
アドラーを読むことで、心が落ち着く、スッとする、心のシコリがとれるといったことは起こりえます。必ず起こるとは言えないですが、なんか落ち着かない、イライラする、理由もなく不安、そんな時、アドラーを読むと、心が安定を取り戻すことがあるのは事実です。
 
アドラー心理学が心理学の教科書に出てこないのは、日本の心理学は実験研究を中心とした基礎心理学がこれまでの中心だったということが大きいと思います。これは河合隼雄先生も指摘していますが、臨床心理学は長く脇に置かれていました。フロイトユングも、心理学よりも精神医学のほうで受け止められてきました。
アドラー心理学は実践的な「使用の心理学」として、あまりアカデミックな研究がされてこなかったということも大きい。その点では、ニッポンのアドラー心理学は、やはり、科学偏重のニッポンの心理学と距離があった。ところが、心理学の世界でも科学偏重への見直しが始まり、質的研究も拡がっているということと、著名な心理療法家がアドラーからの影響を表明しているという事実から、アドラー心理学と他の心理療法との結びつきが知られるようになってきています。
 
臨床心理学の起源とも言われるアドラー心理学には、オープンカウンセリングの先駆と呼べることをアドラーがウィーンでやっていたり、ビンスワンガーからの影響による認知への着目もある。また、早期回想はサビカスのキャリアインタビューに取り入れられているし、拾っていくと、次々と、現在の心理学、心理療法と近い、類似している、さらに直接取り入れられる考えや技法に枚挙にいとまがない。
 
現代の臨床心理学がもつ生物心理社会モデルと科学者実践家モデルという特徴は、現代アドラー心理学も共有されうるものでしょう。そこでは、認知心理学を始め、社会心理学発達心理学を受け入れられる拡がりがアドラー心理学にはある。エビデンスベースドによる介入研究がアドラー心理学でも進んでいくとすると、そこにアドラー心理学の今後の発展性、可能性に期待できる。というか、そのような方向に自分も携わろうと考えています。
 
 

河合隼雄に学ぶ

フロイトは、アドラーとも、ユングとも比較されているのはよく目にします。

ただ、アドラーユングとの対比は、あまりお目にかからない。

フロイト精神分析が一般的に浸透しているため、それと比較することで、アドラーの個人心理学も、ユングの分析心理学も、その特徴を理解しやすいということなのだと思うのですが。


フロイト精神分析も、キャリコンの教科書レベルしか持たない私は、上記のような比較を目にしても、表面的に違いを理解するところでとまっている気がします。


ただ比較するというのは、ほんとうに難しく、たとえば、フロイト超自我、自我、イドとユングの自己と自我にしても、何を軸にして比較するのかによって、そんなまとまりもつかない気がします。


ところで、アドラーも、ユングも、キャリコンではほとんど取り扱われることはありません。

アドラーは、最近の流行りやサビカスへの注目から多少は目にします。

ユングは、中年期の危機として取り上げられるくらいです。


キャリコンといえば、ハローワークの相談員などをイメージするように、職探しの個人と職業とのマッチング支援というイメージが強いからかもしれません。臨床心理学ではなく、カウンセリング心理学からの働きが強いように見えます。

たとえば、キャリコンの試験で国分康孝は出題されても、河合隼雄は出題されたことがありません。


ただ、サビカスのキャリアカウンセリングやナラティブセラピー、社会構成主義などがキャリコンの中でも話題とされているのを見ると、非常に臨床心理の分野に近づいていっている、そんな気がします。


もちろん、臨床心理といっても、この分野こそ、非常に幅広いのですが、私自身は、今、河合隼雄への関心がとても強くなっています。

河合隼雄は、ユング派の分析家と知られ、心理学から神話、物語と非常に幅広い著述家、特に箱庭療法の普及でも名を馳せていますが、その核は、ユングフロイトアドラーと同様、臨床家です。

カウンセリングに関する著作も多く、われわれキャリアコンサルタントにとっても、今でも非常に勉強になります。


クライエントのために何ができるかが臨床家として根本にあり、クライエントとカウンセラーとの関係性を非常に大事に考えた。

関係性を重んじたという点は、ロジャーズもそうです。ロジャーズは必要十分条件としてとてもシンプルにそれを提示した。河合隼雄もそれを評価しています。ただ、それを日本人の場合どうなのかについても考えている。そこがすごいなぁと思います。ユングについてもそうです。つまり、アメリカやヨーロッパで出来上がったものをそのまま、日本人に当てはめようとはしなかった。この点は、非常に大事なことだと思います。

そうした態度を学ぶことはもちろん、河合隼雄が残したものに立ち返ることも、相応に役に立つんじゃないか。そう思います。


物語についても、ナラティブセラピーよりは、私は河合隼雄のほうがしっくりきます。



河合隼雄の「ぼーっと聴く」

聴くということは、非常にスリリングな行為だと、つとに河合隼雄さんは指摘しています。


「死のうと思っています」


そう言われて、「はー」と返す。

ここにはカウンセラーの賭けがある。

患者の可能性に賭けているのだと。


この可能性は、患者の考えていること、感じていることよりも、さらに深いところにある。そのため、患者がことばや態度で表現することにとらわれていてはいけない。


河合先生は、細部にとらわれてはいけないと言われます。

細部にとらわれると、そのひとそのものがわからなくなる。

「ぼーっと聴く」というのは、そのひとの可能性に賭けて、そのひとそのものをわかろうとすることなのでしょう。

ここで、わかるというのは理解するということではなく、感得することだとも言われます。感心する。感激する。


「人の心などわかるはずがない」

そのように河合先生は言い切ってもいるのですが、そこでのわかるは、理解するという意味なのでしょう。

つまり、客観的に観察できる事象から吸い上げて、このひとはこういうひとだと説明可能な言語にする。それを理解するということだとすると、それは分析する、解釈するということでもある。

感得するという意味でのわかるは、そうではなく、たとえば、パッと見てわかる、そういうのに近い。ユング心理学入門」に書かれている現象学的接近法。

ここで、河合先生が着目しているのは、関係性。そこで、問われているのは、カウンセラー自身が、患者との対話で、何を感じ、何を考えているのか、ということです。つまり、患者がもつ悩みなどに対して、カウンセラーも当事者であることが強調されている。


ひとの悩みを聞いて、

「がんばってください」

というのは、当事者のことばとしてはありえない。


カウンセラーが当事者意識をもつということはどういうことなのか?


たとえば、クライエントもカウンセラーから感じ考える。ふんふんとうなづいているけれど、ビンボーゆすりをしているカウンセラーからクライエントはどんなことを感じるか?

カウンセリングとは、クライエントとカウンセラーの相互作用の営みであって、カウンセラーの一挙手一投足がクライエントに影響を与えている。それ以前に、お互いの存在自体が影響を与え合っている。

この相互作用そのものからはカウンセラーは逃れられない。

そう考えると、当事者意識が問われているというのも、その浅い、深いが問われているのだと思うのです。



木原雅子さんの出張授業

おととい、夜、何気にテレビのチャンネルを回していて、そのまま、引き込まれるように、Eテレ でこの番組を観ました。

キミのこと聞かせてよ~木原雅子さんの出張授業~

再放送のようです。

「変わったのかどうかはわからない。けれど、あの子たちが自分で自分のいいところを出せるようになってきた」

大分、延岡の中学校。
中学2年のあるクラス。
木原さんは、まず、生徒たちの話を聴くところから始めます。それも一対一ではなく、3〜4人のグループ単位。ジュースやお菓子を準備し、テーブルにはヌイグルミが置かれている。生徒たちが話やすいように気を使っている。
生徒たちの話もそのまま受けとめる。目線を生徒に合わせて聴く。
生徒たちは、先生のこと、クラスのことなど、仲間うちでしか話さないようなことを、木原さんの前で話していく。
話終わった後の女子生徒が、なんかスッキリしたと言ってました。話をしっかり聴いてもらったという充足感が、その表情からも感じ取れます。

こうした対話を何回か重ねながら、そこで聴き取ったことを解析し問題を整理し、具体的な方策を取っていく。
授業としても、思春期特有のからだやこころの変化のこと、セックスのことなどもきちんと伝えていく。
そういった、ある意味、科学的なアプローチに加え、日常的なかかわりもとっている。
木原さん自身がトイレ掃除をしている。それを見た女子生徒が自分も手伝うとスポンジでタイルを磨きはじめる。
このような日常的なかかわりのひとつにプチスタという、プリントが展開され、それを媒介に、学校の先生と生徒たちとの交流も拡がっていく。

最後には、クラスのまとまりもでき、仲間意識も生まれ、生徒たちの表情も、木原さんが介入する以前とはまるで違ってくる。

生徒たち一人ひとりが、自分で自分のいいところを出せるようになった。

木原さんは、ご自身の言葉を借りれば、そのための手助けをしたということなんだと。

支援することとはどういうことか?
ひとの自発性を引き出すためには?



アドラーからロジャーズへ

アドラーは、フロイトユングと並び、心理学の三代巨頭と言われたりもします。


ここでいう心理学は臨床心理学のことを指しているんだろうと思います。


臨床心理学の教科書にならえば、フロイトは臨床心理学を切り拓いた先達者であり、その後、精神分析のなかでも様々な流派に分かれたり、そして、精神分析、行動分析とは異なる立場で、ひとの全体性に着目するロジャーズ。

臨床心理学と心理療法の歴史は、フロイトを出発点として、フロイトとの比較で整理されることが割と多いですね。


教科書上では、アドラーの名前はほとんど出てきません。

ただ、ロジャーズ以降の臨床心理学の流れも含めてみると、アドラーの影響は大きい。

論理療法やナラティブアプローチまで、むしろ、アドラーを素地に現在の臨床心理学があるのではないか?とさえ思えてしまう。


アドラーの影響範囲は広いと漠然と考えるのではなく、アドラーの主要な概念を手掛かりとして、臨床心理学あるいは心理療法の歴史を振り返ってみる。そうすると、さまざまな療法家の独自性もよりよく見えるかもしれない。


てなことを考えていくと、私が、まず手始めとして考えたいのは、アドラーとロジャーズの関係です。

アドラーは指示療法、ロジャーズは非指示療法という違いはあるけれど、ひとの見方や実際の活動には似ているところがあります。


ひとの見方ということでは、人間の自発的な成長可能性にアドラーもロジャーズも着目していたという共通点は言えると思います。

アドラーには全体性という概念がありますが、ひとを包括的にみるという考えはロジャーズも持っています。


活動という点で、今、オープンダイアローグが話題になったりしますが、アドラーもロジャーズも、公開性に着目さていた。アドラーはオープンカウンセリングを行い、ロジャーズはエンカウンターグループをやってます。

逐語録の録音、公開もロジャーズが始めた。


アドラーからロジャーズへ、という流れは、これからよりくわしく確認していきたいと考えています。

今になって思う、卒論のこと

大学を卒業してからほぼ半年経ちますが、

一点、やり残した感を感じることがあります。

それが、卒論。


東京未来大学の通信課程は、卒論必須ではありません。

在籍時も、モチベーション行動科学部では卒論をやっているというひとには会ったことがありませんでした。

こども心理のひとからは、何人か、ゼミや卒論の話は聞きましたが。


3年次編入の場合、卒論を書くとすると、1年卒業を伸ばす必要がありました。

入学2年目にゼミに所属し、3年目に卒論を書くということになります。

そのためには入学1年目の途中で、希望を出す必要がありました。それも出さず、そのまま、卒業してしまったわけですが、そのときは、まあ、迷ってしまったんですね。卒論書くということの大変さに。文献を調べ、実験やら、調査やら行い、分析して、研究論文としてまとめるのは、しんどいと思ってしまったのです。


それが今になって、心のこりだと思うのは、研究手法をひと通り教わり、学ぶことは、それこそ、そんな機会は、他ではないということにあらためて気づいたからです。

卒論を書くということは、研究をやる、ということで、データの取り方や調査手法、統計解析など、スキルとして学ぶことが多いのと、それに加え、自身の関心を元に研究テーマを決めていくことで、自分にとっては実りが多いと期待できます。

また、大学の先生から直接、2年間にわたって研究指導が受けられたんですから。


教科書を読み知識を得ることも学びのひとつだとは思うのですが、おとなの学びとしては、得るだけではなく、知識を使う、知識をつくることも学びなんではないかなあと感じます。

特に、心理学は使ってナンボの学問だと思います。


おとなの学びって、なに?


と考えると、


蓄えた知識を使い、実際に使える知識を作り出すというのが、それなんじゃないかなあ?

そのためには、ひと通り、研究手法を経験しておくことで、より学びも深められると思われてきます。


修士へ行くという手もありますが。





今日から夏休み

今日から夏季休暇を取って、家にいます。


昨年、一昨年は、この時期、大学でスクーリングでしたねー。


今年の日程は始まっているんでしょうか?


スカイツリーライン経由で堀切へ行かれる方はくれぐれも、電車は乗り違えないようにご注意を。


私は、それで一回遅刻しました。


キャリアコンサルタント試験に役立つ本

キャリアコンサルティング試験合格に役に立った本をご紹介。

 

先ずは定番ですが、

キャリアコンサルティング 理論と実際 4訂版

キャリアコンサルティング 理論と実際 4訂版

 
新版 キャリアの心理学―キャリア支援への発達的アプローチ

新版 キャリアの心理学―キャリア支援への発達的アプローチ

 

 この2冊は必読です。試験作成担当者のネタ本ではないかと思うくらい。

これからの試験では、次の本も外せないでしょう。 

新時代のキャリアコンサルティング―キャリア理論・カウンセリング理論の現在と未来

新時代のキャリアコンサルティング―キャリア理論・カウンセリング理論の現在と未来

 

 

上記3冊は、試験に直結するものですが、いきなり読み進めようとするにはハードルがあるなあと感じる場合、キャリアコンサルタントって?というイメージがつかめる本が役に立ちます。それには次の3冊がオススメです。

 

キャリアカウンセリング (21世紀カウンセリング叢書)

キャリアカウンセリング (21世紀カウンセリング叢書)

 

宮城先生のこの本も定番ですね。

この本を読んでから、木村先生の「理論と実際」に進むのもアリです。

キャリアカウンセリング再考―実践に役立つQ&A

キャリアカウンセリング再考―実践に役立つQ&A

 

「再考」と書かれていますが、カウンセリングとは? キャリアカウンセリングとは?から、実践や将来ビジョンを考えるにも役立つ本です。

また、キャリア理論をどのように活用するのか、といったことも書かれているので、養成講習で学んだ知識を整理するヒントも得られるのではないかと思います。

会社と個人を元気にするキャリア・カウンセリング

会社と個人を元気にするキャリア・カウンセリング

 

金井壽宏先生の編著によるもので15年ほど前の本ですが、様々な論者によるキャリア論は、自分なりに理論を整理するのにとても役に立ちます。

この本で、金井先生は組織開発、トランジション(転機)についてまとめているのですが、「企業内キャリアコンサルタント」への期待が大きいことを考えると、そこにもヒントが隠れていそうです。

 キャリアコンサルタントを受けてみようかと資格取得を考えている人は先ずこの本を紐解いてみるのがオススメです。

キャリアコンサルタントがどんな資格なのか、試験はどんな内容かを余さず把握できます。また、現役コンサルタントのレポートは、イメージを膨らませるのに非常に有益です。

試験の内容に合わせて、情報源(厚労省資料など)が掲載されているのも便利。

 

キャリアコンサルタントもそうですし、他の資格でもそうですが、この資格をとってどんな仕事をやっていくのか、具体的なイメージを持っておくことは、学習の支えになります。その資格を取得した方たちの語りは、イメージを膨らませるための題材になります。

 

キャリコンの力 キャリア・コンサルタントの人間力と能力 (Parade books)

キャリコンの力 キャリア・コンサルタントの人間力と能力 (Parade books)

 
キャリアカウンセリングとメンタル 心に不安を抱える人へのサポート力向上に (Parade books)

キャリアカウンセリングとメンタル 心に不安を抱える人へのサポート力向上に (Parade books)

 

 

私の場合、松尾さんから影響を受け、自分なりのキャリアコンサルタントのイメージを模索している最中ですが、キャリアコンサルタントって、こんな仕事もするんですね、ということが上記2冊でよく分かります。仕事はお客さん=クライエントがいらっしゃってこそやれる、キャリアコンサルタントだからできるということではないんですね。松尾さんは、目の前のクライエントの問題を解決することを一心に学びを続け、仕事の幅を広げていらっしゃいます。

 

キャリアコンサルタント試験での実技に役立つ本をいくつか挙げておきます。

 

傾聴術―ひとりで磨ける“聴く”技術

傾聴術―ひとりで磨ける“聴く”技術

 
プロカウンセラーの聞く技術

プロカウンセラーの聞く技術

 

 

傾聴に関する本では、この2冊が定番だと思います。

古宮さんの傾聴に関する本は何冊かありますが、私はこの本が説明が一番シンプルで、またワークブックにもなっているという意味で、とてもいい本だと思います。

東山さんの「聞く技術」も非常に参考になります。

 

カウンセリングの技法

カウンセリングの技法

 

 40年近く前の本ですが、有名な「コーヒーカップ方式」はこの本に書かれています。

 

ここまでは結構、キャリアコンサルタントに関する他のブログでも重複している本が多いと思います。

次の2冊は、あんまり見かけないと思いますが、実は一番学科でも実技でも応用がきく本です。

 

生きるために大切なこと

生きるために大切なこと

 

 アドラー本は色々と発刊されていますが、それらの大半は、アドラーを引用しながら自説を展開しているものが多いと私は思っています。もちろん、向後先生の「幸せな劣等感」のように例外もあるのですが、読んでいるとアドラーが言っていることなのか、著者が言っているのかわからなくなることがあります。

アドラーの翻訳も色々ありますが、最も読みやすいのが、この本です。

アドラーがなぜ、応用が効くかというと、キャリア理論でもカウンセリング理論でも、アドラーが言っていることに近いものが多いからです。私は、アドラーを読むことで、いろいろな理論がアドラーに紐づけて整理できました。

 

こころの処方箋 (新潮文庫)

こころの処方箋 (新潮文庫)

 

 河合先生は、他にも「カウンセリングの実際問題」など、カウンセリングに関する本を書かれていますが、私はその中でも、この本が一番参考になりました。簡潔な表現で書かれていますが、実技ではそれが一番役に立ちます。ただ、中身はとても深い。のっけから「他人と分かり合えるはずがない」と言い放たれるところから始まりますが、一方で、「人間は他人との共感を求めずにはいられない」とも先生は指摘します。いきなり、ポーンと投げ出された気分になります。そこにこの本の奥深さがあります。理屈では理解できないところがあります。でも、ひとの心理って理屈じゃないですもんね。

 

参考にしていただければ幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

キャリアコンサルタントに一発合格した理由

別ブログで書きましたが、今回、キャリアコンサルタント試験に合格しました。

大学の回し者ではありません。

先に断っておきますが、合格できた最大の理由は、モチベーション行動科学部での学びだと考えています。

心理学はもちろん、経営や教育など、東京未来大学で学んだことが私がこの試験に臨んだ最大の強みでした。

ここで学んだことが、キャリアコンサルタントを目指すきっかけでしたし、そこで学んだ知識が存分に活かせる内容でした。


先生方には、ほんとうに深謝しています。

心理学検定の申込開始

心理学検定の申込が始まっています。

http://www.jupaken.jp/?gclid=CJPugNeYrtQCFZAEKgodzh8CBw

私は昨年受験しました。6科目合格で、いちおう、一級保持者です。うち、これ、ギリギリだったねというのもあったんですが。
キャリコン試験もありましたので、今年の受験は見送ろうと思います。
ただ、ほんとうは、同じ科目も毎年受けるのがいいんだろうなとは思います。

謙虚なコンサルティング〜真摯な好奇心

ロジャーズの無条件の肯定的関心、アイビィの好意的関心とシャインの真摯な好奇心は何が違うのか?

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臨床心理学と組織心理学の違い?



脆弱な組織について

ビジネス書などの多くは、強い組織を取り上げることがほとんど。「こうすれば良い」といったことが満載されていることが多い。

ベストプラクティスを知ることは大事ではあるが、逆に、脆弱な組織を論じた本はあまり知らない。廃業や倒産といった、結果から原因をあげつらう本はたまに書店に並んでいるが、現在、生存中である組織で、しかも、戦略も曖昧で、人員も定着せず、業績も上向いていかない、生きてはいるがいつ死んでも不思議ではない、といった組織を正面から論じた本は、あまり見当たらない。

私が知らないだけなのかもしれないが、あまり見当たらない理由は確かにあるだろう。研究テーマとして掲げても、あなたの会社は脆弱ですねといって、気分良く調査させてくれる企業は少ないだろう。企業イメージを損なうことにもつながる。粉飾会計以上に、組織としての弱みは外部からはなかなか見えない。

研究対象とするのであれば、脆弱さにとどまらず、より具体的な問題設定にする必要があるのかもしれない。

ただ、経験知として、おおよそ、脆弱な組織をわかっているし、見分けがつく気もする。

信用調査は普及しているし、企業分析の手法もある。トップを見ればわかるという人もいるだろう。とすると、われわれは脆弱な組織について、すでに多くを知っていることになるのだろうか。

簡単に強いと言われる組織の反対を考えてみると良いのかもしれない。

・リーダーシップが弱い。あるいは機能していない。

・情報が行き渡らず、コミュニケーションロスがいつも発生している

・業務システムが確立されていない。統制がきかない

・ヒトの入れ替わりが激しい。ノウハウが蓄積されていない

・新規事業に立て続けて、失敗している

・企業理念が曖昧

・何をやれば成長するのか、会社としても、そこで働く社員もわかっていない

・こんなポンコツな企画、誰が、いつ、決めたのか、わからない

・失敗の責任を誰もとらない

・役員と飲みにいった回数で、ほぼ出世が決まる、と社員が思っている

・方針とは名ばかりで、中身スカスカの活動計画が上から下へ降りてくる

・今までやってきたことの踏襲でしかなく、ここ何年も目新しいことをやっていない

ホワイト企業ワークライフバランスなど、外面は良くしようとしているが、メンタル支障、残業、離職率が高い


いろいろ書いたが、ひっくるめると、夢を描かない会社は、大抵、脆弱な組織のような気がする。